心と心の反応

何か問題や課題に遭遇すると、私を含め大抵の人は解決のために向き合う。

しかし、たまに違うことが起こる。

先日の音楽ライブで私の心のくす玉が開くという斬新な感覚を体験した。

なぜ、くす玉か?

それは、誰かが紐を引っ張るか、何か飛んでこない限り、くす玉は自分では開かないものだから。

当日のライブ中に、superflyから想いのつまったソフトな球が飛んできた。

そして、心のくす玉が開いた。

前のブログでも少し書きましたが、トーク・映像の中で、共感したり、受け取ったり、融合したり、

形にしたいことが浮かんだりした。

問題課題そのものにアプローチもせずに、不意に心が反応することが、解決のきっかけになることがある。

意図的に遭遇することはできない。

物理的、客観的な根拠もない。

しかし、なぜ動物がいくつもの感覚を備えているかというと「生きるために必要な感覚」だからだと思う。

「見えるもの見えないも全身を使って使いこなす」

少しワクワクしませんか?

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