私はわりと畳が苦手だ。

杖のときもだが、車椅子に乗ってる時はなおさら。

杖も車椅子もどちらも使わない場所。

それが畳。

高校の時は茶道部で稽古。

今は、劇団で稽古。

和室の魅力と、静かなバリア。

見えない試練を与えられてるけれど、嫌いじゃない空間。

そして普段読書が長続きしない私が、すっと入ってきて読めた本。

不思議な力。

日曜日の健康チェック

日曜日18:00から19:00に、

ちびまるこちゃんとサザエさんが、、、

頭にすら浮かばない

なんとなく観たくなる

ほっこり笑える

お茶を誘う

お腹を空かせる

眠気を誘う

それ意外にもいろんなパターンがありますが、

今週の1週間がどうなるのか、予測できるきがします。

みなさんはどんなでしょうか。

届きますように

最終出社日から約2ヶ月が経ち、

イベントやってからも3週間経ち、

自分のペースで、かつ休息だけでなく活動していることに「よかったぁ」と安心している最近。

石の上にも3年。

改めて、石から落っこちそうになったのを、同僚にはたくさん助けてもらったと思う。

3年たったら磨かれると思った石だけど、すり減った石だなんて無力すぎだなぁ。

3年乗った石の上から降りて、

今まで働いて、貯金箱にためた少しのお金。

涙が詰まったお金。

使えなかったけど、その涙にお礼を言いながら使うってしみじみ。

涙が無駄にならない記憶に残る使い方をじっくりと。

そう、話しは戻って、安心「よかったぁ」の気持ちすごく大事だなって。

自分に対しても、人に対しても感じるこの感情。

身をすり減らしながらも頑張ってたとき、この安心自分で作り出すだけでなくて、人から受け取ることができるとたくさん感じた3年間。

家族、身近な友人、絵、曲、風、風に揺れる木、土の香り、数え切れない取り巻くものが私の周りにはありました。

生きるって、自分で花を咲かすだけではない。

取り巻くものの力を受け取って、反応して、花が咲く。

まず、エネルギーを今までもらってきた分、癒しのエネルギーを放つ活動したい。

どこまで届くかな。

最近、新たなことが始まりすぎていてドキドキしている37歳。

頑張ろっ。

自己満足

「それって、ただの自己満足だよね。」ってあまりいい意味で使われていない気がします。

まずただの自己満足から始まり、景色、空気、声をエネルギーにして、日々「自己満足を育てていく」

それが、いつのまにか、まわりも満足につながってるのかもって思うことがあります(ᵔᴥᵔ)

朝活

仕事をしながら独立の準備をするのが、大変だ〜と痛感してた日々。

じゃっ、仕事辞めればいいのかと企んでみたが、その前に辞めた時の私を想像してみた。

たぶん、私の性質から考えると辞めても同じだな〜と思った。

時間の使い方の問題だから。

最近始めた朝活。

公衆Wi-Fi スポットへGo〜!

 

ミッション完了!

旅立つと決めた日
これは1社目の退職の時の話です。
私が都内で就活した理由はいろいろありました。そのうちの一つはスキルを身につけたり、学びを深める場として魅力的だったからです。
いろいろあったとはいえ2年という短い期間ので、このまま退職していいのかという迷いがありました。
そんなある日、たまたま同期の友人とこんな話をしました。
入社した時は、「何か手を貸してあげなきゃ」という気持ちだった。
でもさあ、他の人と何も変わらないんだよね。
同じ社内で社員として働いてる。
手伝いだってさ、通行人がすれ違った時に書類を沢山落としていたら無意識に手を貸すでしょ。それと一緒なんだよね。
という言葉を言ってくれました。
大げさに聞こえるかもしれませんが、一人の社員が私の存在を通して、意識と視点が変わったというのが他の何よりも嬉しかったのです。
その瞬間私がこの会社にいた意味があったなと感じました。
障がいがあるから手を貸してくれるのもありがたい配慮であると思います。でもしてあげようと無理な行動をすると、蓄積されて、お互いがストレスを感じて窮屈な関係になりかねません。「自然と書類を拾うのと一緒」というサクッとした関係が心地良かったのです。
だから、ミッション終了!
旅立ちに向けて背中を押してもらった瞬間。

ラーメンの具

私が最近買った箸があります。

手に障がいがある人向けの箸です。

ラーメンの具を残さずたべることができたのです。

生活の質の向上。

箸をつくり、笑顔もつくり、ステキな商品です。

 

 

 

https://readyfor.jp/projects/miyabow

 

こだわり

どうしても、これだけは、こうしたい。

めったに私には生まれない感情。
以前に起きたのはいつだろう。
受験の時くらいかなだったか。
前に進む時にこの気持ちになるのかな。
でも、毎回ではない。
何だかこの気持ちは無視したくない。
人生って、時間は待ってくれない。
けれど丁寧に、時間をかけて試してみたい。
この衝動を大事にしたい。
急ぐ気持ちをぐっと抑えて。

私のカタチ

クライアントさんが私に求めているコーチにならなければならない。

そのためにはクライアントさんが失望しない品格も伴わなければならない。

100パーセントセッションに満足してもらえなければ失敗だ。

これらを本気で準備を進めようとすればするほど、マニュアルを追い求めていた。

会社では会社のマニュアルにどっぷり従うけれど、タノシミストナカイは軸はブレずに

自由度が高い、自分の発想でサービスをつくると決めて始めていた。

しかし、自由度の低いサービスをわざわざ作ろうとしていた。

そのため、間違ってはいないけどどこかがしっくり来なかった。

誰も求めてない「自己満足のこうあるべきもの」に縛られていたから。
そんな私に笑顔はなかった。

クライアントさんは、リラックスしている私を見てリラックスする。

私は漠然としている求められるものに縛られていた。

クライアントさんが求めるサービスのカタチはひとりひとり違う。

私が心を込めて、私を伝える。

私が楽しければ、相手に楽しいが伝染することもある。

必要な人に届けば私のサービスのカタチが、生きたものになる。

心を込めて関わり、心を込めて丁寧に、感謝を込めてサービスを育てていきたい。

心と心の反応

何か問題や課題に遭遇すると、私を含め大抵の人は解決のために向き合う。

しかし、たまに違うことが起こる。

先日の音楽ライブで私の心のくす玉が開くという斬新な感覚を体験した。

なぜ、くす玉か?

それは、誰かが紐を引っ張るか、何か飛んでこない限り、くす玉は自分では開かないものだから。

当日のライブ中に、superflyから想いのつまったソフトな球が飛んできた。

そして、心のくす玉が開いた。

前のブログでも少し書きましたが、トーク・映像の中で、共感したり、受け取ったり、融合したり、

形にしたいことが浮かんだりした。

問題課題そのものにアプローチもせずに、不意に心が反応することが、解決のきっかけになることがある。

意図的に遭遇することはできない。

物理的、客観的な根拠もない。

しかし、なぜ動物がいくつもの感覚を備えているかというと「生きるために必要な感覚」だからだと思う。

「見えるもの見えないも全身を使って使いこなす」

少しワクワクしませんか?

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